前編「ピンクエレファンツ」はこちらをクリック

   加速する絶望

 室内に転がったスタングレネードが発火する。
 ヘックラー・コッポMP5SD6を抱いた男たちが広がっていく。銃撃への対応スピードを驚くほど早い。白煙がうっすら立ち込めていく。黒ずくめの隊員たちが、部屋の奥へと進むと、丸っこい影がカーテンの向こうにあった。
「手を上げろ!」
 一人が声をあげると、影は手を上げた。先遣の一人がカーテンを開くと、影は巨大なC4プラスティック爆弾の塊だった……
「退避だ! 急げ!」

「クソッ!」
 第三研究所指揮室で、滝沢直人はシチュエーションテーブルに拳を落とした。まわりの官僚や要員がさっとおとなしくなる。
「撤退を要請します!」空電に割れたノイズとともに声が響いた。
 爆風が防弾ガラスを震わせている。脂汗を浮かべていた。治安維持省を懐柔して、ロンダースの射殺許可を得た。ロンダースの活動拠点になってるらしい第三埠頭のパナマ船籍の貨物船〈ジョージ・アナスタシアⅢ世〉に踏み込んだ。
 そこまではシナリオどおりだったのに、たった今、戦闘員は死傷者に変わった。
「メディックに護衛をつけて、入れろ」
 彼自身も全身黒ずくめで覚悟を決めていた。ブイコマンダーも腕にある。だが、有能な司令官は戦場に出て行ったりはしない。命令をするのが権力を持つものがすることだ。直人ははやる気持ちを押さえた。
「了解しました」
 部下は答えた。指揮室に救援を呼ぶ現場の声が響いていた。
「ロンダースめ……」
 もし、もっと本格的な軍隊を持っていれば、対艦ミサイルで奴らごとあんな船は魚のえさだ。ロンダースなどという脅威がありながら、この国はあまりに無防備で規制が多い。直人はもっと力が欲しかった。絶対的な力だ。
「滝沢隊長」彼の右腕が落ち着き払って言った。「こんなこともあろうかと……」
「なんだ?」

「予想通りね」タイムジェットで現場に到着すると、ユウリたち五人は第三埠頭を見下ろす倉庫の屋上に陣取った。「たったあれだけが勝ち目は無いわ」
 ユウリは早る気持ちを抑えられなかった。タイムピンクに変身したときから変だった。鼓動が早くなり、気持ちが震えている。武者震いに似ていたが、ずっと違った。ドン・ドルネロは家族の仇なのだ。それだけが頭を占領している。
「セット完了です」
 タイムグリーンが望遠鏡型の装置を示して、親指を立てた。ユウリはレンズを覗いた。赤外線透過スクリーンで部屋の状況が手に取るように解った。シティーガーディアンズの隊員が倒れていた。
「……ひどすぎだ」彼女の次に覗いたタイムレッドがうめく。
「まだまだな対応よ、ロンダースを叩けるわけないわ」
「じゃあユウリ、ドルネロはどこにいるんだ?」と、アヤセ。
「解らないけど、すぐ近くよ」
「何でそんなこと解るんだ」と、ドモン。
「捜査官としての勘ってところかしら」
 意味深な台詞に四人は一様に首をかしげていた。タイムピンクだけは何故か確信に近い自信があった。
「さあ、みんなで探すわよ」
「オーケー」
 タイムレッド、竜也だけはいつもユウリに従順だ。素直というにも何か違う、ユウリは思った。身体が重なれば、間だけで理解してくれることもある。だが、今は仕事。沸き立つ感情を抑えて、コンクリートに身を潜めて、ロンダースの影を探った。

 シティー・ガーディアンズから死傷者が出たことにより、状況は膠着していた。ドルネロたちもこちらの存在に気づいているらしく、姿を現さない。タイムピンクたちはめいめいに倉庫の屋上で這いつくばりながら、出方を探っていた。
「うっ……」
 だが、ユウリは任務への意識の集中を欠きつつあった。妙な感覚だった。
「どうした? ユウリ?」
 身体がむず痒い。出所不明のかゆみはクロノスーツの内側全体に広がり、身体に異変を起こし始めていた。
「ううん、なんでもないわ」
 しっかりして、ユウリ。彼女は自分で自分を戒めながら、なんとかレンズを覗いていた。そのとき、どこかから低い音が届いた。それはすぐ頭上まで迫っていた。
「何!?」タイムピンクの逆ハート型彩色バイザーが頭上の脅威を睨んだ。
 その黒い影は五人のいる倉庫を飛び越し、〈ジョージ・アナスタシア三世〉へ向かっていく。
「へえ、シティー・ガーディアンズはこんなものまで持ってるのか」
 暢気に答えるドモンを無視して、ユウリは頭を上げてその行く先を睨んだ。
 絶好の射撃位置へ向かう黒のMH-60ヘリコプターのスタブウィングにロケット弾がついているのを、ユウリは見逃さなかった。
「まずいですよ」
「本当だな」シオンの言うのに、竜也が続く。
 死傷者の救援活動が行われている第一甲板後部からだいぶ離れた操舵室へ、MH-60はついた。ロケット弾で操舵能力を奪う腹らしい。固唾を呑んで見守っていたユウリは、操舵室の後方のドアが開いて、ゼニットが出てくるのを見逃さなかった。
「あそこ!」
 レーザーがMH-60のテールローターに命中する。黒煙を放ち、小刻みに動き出すと、回転を始めて、ゆっくり高度を落としていった。海面へ墜落しようとする機体を二度目の射撃が襲う。
「間違いないわ。みんな行くわよ!」
 ユウリは身体の戸惑いを忍耐力でカバーして、先陣を切って走り出た。

「ブラックホークダウン! ブラックホークダウン!」
「くそっ!」直人が毒ずいたのは何度目か解らなかった。
「しかし、奴らの居場所がわかりましたね。二度目の急襲をかければ、ひょっとすると」
「同じことをやっても、こちらは既にばれてるんだ。そんなことは無駄だ!」
 彼がその迫り来る誘惑に勝てるわけ無かった。
「俺が乗り込む。あとは任せたぞ!」
「滝沢隊長!」
 指揮所のある第三研究所の玄関を突き抜けると、直人は一直線に走り抜けた。
「タイムファイヤー!」
 閃光は彼を真っ赤に変えた。

「とう!」
 タイムピンクの身体が地面から十メートル近くも飛び上がった。五秒遅れて、男たちが彼女と同じ操舵室横の空間に降りた。
「ここね!」
「ユウリ、待て、中の状況を確かめないと」
「そんな必要無いわ!」タイムピンクは金切り声を荒げた。マスクの中でユウリは直人よりも脂汗を浮かべていた。「今すぐ突入! ダブルベクター!」
 鉈のような武器を構えると、タイムピンクは一目散に操舵室へ走った。今すぐロンダースファミリーを逮捕しないと、気が変になりそうだった。身体がおかしくなっていた。
 操舵室の扉を越え、前部視界の窓へU字型の軌道を描いて、ジャンプして飛び込んだ。
「ロンダース、覚悟しなさい!」
 中にいたドルネロ、ギエン、リラの面々は悠然と構えていた。彼女を来るのを見過ごしたような態度だった。
「これはこれは淫乱女さんのお出ましじゃないか?」ドルネロは優雅に葉巻を吹いている。
「汚らわしいわ、近づかないでくれる?」
「まったく、タイム汚ピンクだ!」
 三人の勝手な物言いにユウリはむっとした。やっと四人の仲間が後ろに並ぶ。タイムエンブレムを手にして、目の前に突き出した。
「ドン・ドルネロ、ギエン、リラ、第一級犯罪で逮捕する!」
「淫乱女こそ逮捕だ。ガハハハハ! お前らの相手はゼニットで十分だ」ドルネロは床にまだ長い葉巻を押しつぶす。
 操舵室後部ドアから出て来たゼニットたちが一列に並ぶと、銃を発射し始める。あたりの機械に衝突してスパークが飛び散る。目の前に手をかざす四人を尻目に柱を足場にしたタイムピンクは、ダブルベクターの刃先を高速でゼニットたちにあてた。
 次々とゼニットたちが爆発する。後部ドアを抜けると、階段を下った。
「待ちなさい!」
 ユウリはどんどん歩速を増していく。四人もなんとかついてきている。新人と経験者ではこういうときに、はっきりとした差が出る。ある種の高揚感だった。それが身体の違和感とあいまって、不思議な感覚を作り出していた。
「うっ……」
 そのときだった。高揚感が違和感とまざりあって、頭をハンマーで叩かれたような衝撃がした。一瞬、タイムピンクは廊下に降り立ち、眉間を押さえると瞬きをした。おかしい。
「どうしたのかしら?」
 ドルネロたちは待ったとばかりに悠然と戻ってくる。逃げてたののではないの……薄白みがかった視界の中に敵が迫ってくるのを見て、ユウリは疑問を抱いた。
「どうもしてないわ!」
 立ち上がり、ダブルベクターを構える。だが、リラが歩み出てきて、ベクターの鞘を取る。何の反抗もせずに、タイムピンクは武器をリラに渡してしまった。
「まさか……」
「そのまさかよ」
 リラはダブルベクターを分割すると、手際よくタイムピンクの膝を折ってひざまずかせた。アローベクターのクロノマイトで出来た刃が首筋にあてられる。スイッチが入って、エネルギーフィールドが発生すれば、クロノスーツも一発で暴かれる。
「タイムレンジャー、止まれ!」
 後の四人がそこに着く頃には、ドルネロは既に一本目の葉巻を吹かしていた。
「ユウリ!」
「ユウリさん!」
「くっ」
 地面にひざまずかされ、首をおさえられたタイムピンクは能力不足を不甲斐なく思ったが、同時に身体の異変を隠しきろうと必死だった。
「おまえらが一歩でも動けば、汚ピンクはアウトだ」
「みんな私はいいから!」
「まずは武装解除だ」
 三人の後ろからゼニットが現われると、四人の武器を奪い拘束した。みな歯がゆかったが、仲間の手が敵にかかってしまえば、選択肢は無くなる。
「よし、ゼニット。四人を営巣にぶち込め。アマピンクにはお話がある」
「何なの……?」
「その身体中がしたくてたまらないと思うことの正体だよ」
「そんなこと……!」
「そんなことあるんだろう?」
 ドルネロは笑いながら、葉巻の先をピンク色の彩色バイザーに押し当てた。クロノ粒子のマスクは焦げも傷もつかなかった。
「うっ……」
 マスクの表面を走る感覚センサーにより、ユウリの鼻の頭がかすかに熱を持った。
「ギエン、縛っちまえ」
「解った、後でこいつを破壊……」
「あとで十分にな。それよりもまだやることがあるだろう?」
「解った」
 シルバーワイヤーを金色の両手で構えたギエンはゆっくりタイムピンクへ迫った。ユウリは上目遣いで睨みつけた。
「クククク」
 ギエンは機械的な動作で、後ろからタイムピンクの胸へワイヤーを渡す。腋を通すと、くっと引く。豊満な胸肉に極細のワイヤーが食い込んだ。ユウリは金縛りがあったように動けなかった。
「ぅ」
 目が次第にとろんとなったが、理性はしっかりしていた。ギエンはタイムピンクの背骨の左右にワイヤーを通し、肩口を絞った。黒のベルトに渡すと、わき腹でワイヤーをひっかけて、くびれをぐるぐる巻きにした。
 次に引き締まった腿ももっと引き締めると、よく絞った。ブーツにまで完全に固定すると、スカートの上からワイヤーをベルトへ渡し、ベルトにかけたワイヤーの中に通す。きゅっと締めると、スカートが腿に引きついた。
「よおし、さあ、行くぞ」
 シルバーワイヤーに拘束されたタイムピンクを、三人は一等船室に運び入れた。赤い絨毯に七〇型プラズマテレビが備え付けてあった。ソファーとガラステーブルがあり、テーブルの上には酒瓶やフルーツが並んでいる。
「うぁ……」
 迫り来るはっきりとしたもの――身体が飢えていることにうち震えていた――に、優秀な捜査官であっても正気を保つのはだんだん困難になっていた。惨めに敗北し、身体が荒れていることに疑問を抱かずにいられなかった。
「タイムピンク、なんであなたはそんなにヤりたいのかしら?」
 リラがソファーに腰掛けて、腰を曲げて、ユウリの目を覗き込んだ。
「そんなことはぁ……なあぁい……」
「本当に無いのかしら?」
「もちろんでしょ……」
「ならこれは何かしらね?」
 リラはヴィトンのハンドバックを開けると、青い液体の入ったアンプルを取り出した。
「それは……アルファ3000!! なんでここに!?」
 ユウリは驚きの声を上げた。最悪の毒薬が何故ロンダースの手にあるのか、ユウリは動揺を隠せなかった。もし注入されれば、奴らの思うがままになってしまう。
「タイムピンクは身体にアルファ3000を『既に』注入されてしまったから、悶えてるのよ」
「…………!? そんなことされてないわ!?」
 そうそんなはずはない、はずだった。
「そうかしら、覚えてないのね。じゃあ、思い出させてあげるわ」
 プラズマテレビの電源が入れられる。リラは画面に歩み寄って、ホームシアターシステムのAVアンプを全開にした。
 ――「罪を償う!? ははん。ちゃんちゃらおかしいわよ。あたしがどんな罪を犯したって? うるさいわよ。何をやってもあたしの勝手でしょう。あたしは自由よ。自由を謳歌しているだけだわ。それでもまだ違うって言うのなら、しょうがないわね」
 それは紛れも無いリラの声で、半べそをかいた画面の中のユウリが睨みつけていた。ユウリはその光景に見覚えが無かった。だが、紛れも無い自分だった。
 ――ギエンが注射針をユウリの首筋に近づけた。
 ――「お、おねがい…」
 ――「何? このリラに罪を償えというくせに、助けて欲しいと願うの。そんなの間違ってるわ!!! ギエン、さっさとやっとおやり!」
 注射針がユウリの首筋にささり、その目が白目を向く。口がぱくぱくなった。
 ――「ぎゃあああああああああああぁぁぁ!」
 画面が消えた。ユウリは声が出なかった。そんな覚えは決して無い。だが、アルファ3000に間違いが無いならば、その効用によって記憶は自由にコントロールされてしまう。つまりはこれは事実で、ユウリの身体の中にはアルファ3000がある。
「アルファ3000が身体の中に……」
 ある種の絶望だった。三〇世紀には癌も無ければエイズも無い。世界的に猛威を振るう感染症はいつも阻止されるし、衛生施設はどんな汚染災害にも耐えられる。ユウリは首を振った。今は二〇世紀で、アルファ3000の抗生物質は千年も先しかなかった。
「アルファ3000って素敵よね。タイムピンク、マスクオフをスーツに命令なさい」
 逆らえなかった。思考リンクインターフェイスがユウリの命令を受け、マスクが消えて、ユウリの素顔が晒された。自分では解らなかったが、脂汗と涙で髪までぐしょぬれだった。リラは満足そうに見下した。
「実はね、もう一つ、告白があるのよ、ピンク」
「何なの……」
「あなたが昨晩ヤったのは、あんたの好きなレッドじゃなくて、あ・た・し・よ」
「……え?」ユウリは凍りついた。でもアルファ3000なら何でもある。
「見てみることね」
 ――「ああああっぁ、もっと、もっとぉ、リラ様ぁ」
 ――「アバズレ女ね、ハッハッハ」
 プラズマテレビの大画面にはペニスバンドを腰につけたリラがユウリの秘所を突き上げ、ユウリがそれに歓喜して、ジャンプするように腰を揺らしている様が映し出されていた。場所は私室。
 ――「あああぁ! いいいぃ!」
 昨日セックスをしたのは確かに竜也だった。だが、しかし、もしかすると……消えかけていたユウリの記憶はまるで糸をつなぐようにハッキリと悪夢を立ち上がらせた。『ベイフライト2001』でリラに敗北し、陵辱され、乗客の晒しものにされ、憎っくきドルネロに弄ばれた。そして、竜也とやったのは竜也だと思ったリラで、リラのプレイにユウリは自分を失ったのだ……
「なんてことなの……」
「捜査官失格ね。こうなっちゃ、もう生きていくことも出来ないわ」
「リラ、あなたなの……私をこんなにしたのは?」
「そうよ、あたし。もっともバックがついてるけどね」
「バック?」
「そんなことはどうでもいいわ。それより、あなたのヴァギナがこれから三分間に五回潮を吹くわよ。15分おきに1回ずつね」
 リラはマントを翻した。ソファに転がされたタイムピンクは絶望的な面持ちで、そそくさと部屋を出て行く三人を見ていた。だが、リラの言われるままの身体変化は早速おきていた。
「うううわぁぁぁ!!」
 一回めの潮流に頭が真っ白になった。ずしんと震える頭がクロノスーツの中で吹いた潮をなんとなく感じている。スーツの中がどんどん汚れていく。第二派は落ち着きを待つことなく、暴発へ向かって走り出していた。
 果てることの無い陵辱に放り込まれたユウリは口元を苦ませた。不鮮明な笑みだった。



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