燃えろ! 氷の華!

 レッド、ブルー、イエローが地帝獣サーベルドグラーによって氷漬けにされた。その氷を溶かすには、十年に一度咲く地底の花『マリアローズ』のエネルギーを利用するしかない――ブルーマスク/アキラとピンクマスク/モモコは、地帝王子イガムに採石場で戦いを挑んだ――

 アングラー兵との間合いをとりながら、ピンクマスクは横に移動する。数は減ってきたけど、まだだいぶいた。モモコはさっと状況をみて構えを変えた。
「はいっ! やぁっ!」
 右に左にアングラー兵との間を縫って抜ける。空中に飛び出すと、アキラが――ブルーマスクが『マリアローズ』をもぎ取ろうとしている――そこから不意に爆発が起きた。
「うわあぁぁぁぁあっ!」
「ブルーマスク! しっかりして!」
「マスクマン! 本物はここだ」
 モモコは声をあげた。イガムが――『マリアローズ』を手にして笑っている。
「だましたのね、卑怯者! ――レーザーマグナム!」
 とっさに銃を抜くのと光線がほとばしるのは同時だった。ブルーが跳躍して、イガムの手から離れた『マリアローズ』を空中でキャッチする。
「アキラ、早く長官のところへ」
「解ってるって!」
 『マリアローズ』を抱えたまま、サムズアップしてみせる彼の肩を叩き見送る――
「させるか! サーベルドグラー、追えっ!」
 モモコは振り返った。両手を大きく広げ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。サーベルドグラーを中心に、アングラー兵たちが集まってくる。イガムも高台から降り、ドグラーの脇に立って武器を抜いた。
「ここから先は、誰も通さないわ!! イガム、よくもみんなをこんな目に遭わせたわね!!」
 彼女の目の前に敵が集まってくる。多勢に無勢――
「おのれ――と言いたいところだが、ピンクマスク。それで勝ったつもりか?」
「なんですって!?」
 不敵な笑みに、モモコは眉間に皺を寄せた。なんなの――この余裕は――
「『マリアローズ』で、サーベルドグラーのダークブリザードで作った氷は解かせる」
 そう言いながら、イガムが取り出したのは、青く輝く花だった。
「ブルーマスクが持っているのは、ただの地底花だ」
「えっ――」
 モモコはイガムの宣言に、耳を疑い、目の前の花に釘付けになった。だけど――振り返ったけれど、もうブルーの姿はない。アングラー兵は増え、四方を囲まれていた。採石場にサーベルドグラーの不気味な鳴き声が響いた。
「誰も通さないとは、おまえのことだよ、ピンクマスク!! ハハハハハッ」
「だったら、本物をいただくまでよ!」
 構えモモコは飛び出した。イガムは後ろに跳躍して高台に――
「クイっ!!」
 声に振り返ると、アングラー兵が武器を――
「ハイッァ!」
 とっさに白羽取りにして、流すと、その横からもう一体が現れた。
「――はいっ!」
 とっさに受けたが、勢いに圧され、二歩、三歩と後ろに――横目にサーベルドグラーがものすごい早さで飛び込んでくるのが――
「あああっぁぁああっ!!」
 アングラー兵に両手を塞がれたところに、地帝獣がダーツの要領で投げてきた白いサーベルが命中、モモコの胸の上で爆発を起こす。
「あぁぁぁっ――」
 崖に背中を打ちつけた。目の前に土煙、グローブがつかんでいるのは砂利だった。
「みんなを――助けないと――」
 胸に走るヒリヒリに顔をしかめながら、モモコは顔をあげた。ピンクマスクを囲むアングラー兵たちは徐々にその包囲を狭めようとしている。
「えいっ!」
 ピンクマスク専用の武器を放った。たちまち、その細いリボンに絡めとられていくアングラー兵たちが――
「マスキーリボン!」
 オーラパワーを流し込むと、青白い閃光とともに縛られたアングラー兵たちが爆発する。
「やったっ」
 手元へリボンを引き寄せ、モモコは立ち上がり、背筋を伸ばし周囲を伺った。五人がかりで当たればあっと言う間にケチらすことのできる戦闘員もこれだけでは――
「だけど、あたしは諦めるわけにはいかないの!」
 自分に渇を入れ、群がる敵の背後に立つイガムをみた。ピンクマスクはマスクマンは、仲間を失うわけにはいかない。これからも五人いなければ――
「ハイッ! ハァアァ!」
 気合いとともに距離をつめ、太極拳特有の優雅でありながら無駄のない身のこなしで敵に迫るピンクマスク――モモコは複雑に体位を入れ替えながら、一体、二体とあたっていく。
「ヤアァアァ!」
 前をみたまま、レーザーマグナムで後ろの一体をほふる。右へ向き直った。
「サーベルドグラー!」
 身体を震わせながら迫ってくる野獣に、一瞬け落とされ――
「あああああああぁっぁぁぁぁっ!!」
 その頭はモモコの目には吸い込まれていくようにみえた。下からえぐりあげるように、サーベルドグラーが頭をあげると、モモコの脚は地面を離れた。
「ああああぁぁっ」
 宙を高く飛び、気づくと背中から落ちているピンクマスク。
「ああぁっ…くぁ……ぁぁ…」
 寝てる余裕なんてない。起きあがろうとするピンクに、アングラー兵をケチらし迫る影が――
「サーベルドグラーっ!」
 その脚が高く降りあげられると、仰向けに倒れるピンクマスクを二つ折りにしてしまう。
「ああああ!!」
 腹部に降りおろされるドグラーのパワーに、びくびく震えた彼女――脚をつかむが、その脚は石のように頑丈で――
「あぁっ……は、はなれ……」
 文字通り身を切られる思いで、途切れ途切れに声を発する彼女――オーラパワーとスーツが守ってくれるはずの身体の中にまで容赦なくそそぎ込まれる苦痛に顔を歪める――
「はぁ――えいっ!」
 レーザーマグナムの銃底を、とっさにその脚に打ちつけた――
「あぁっ…ウグッ…アァ…」脚は――離れた。二歩後ろに下がり、声をあげるサーベルドグラーがいる。「ああ…に、逃げ…」
 相手はこいつじゃない。モモコは首を振る。腹をかばい手をあてたまま、猫背の中腰になって地団太を踏む地帝獣をみる。
「い、イガム……」
 その敵ははるか遠くにいるよう錯覚させた。地帝獣をみる。顔をひきつらせ、モモコは首を振った。怒りに駆られた野獣が獲物を求めてこちらを――
「あぁあっ……」
 よたよたとした足取りで、彼女はサーベルドグラーを目にしたまま下がった。猛烈な鳴き声が響き、その頭から何本ものサーベルが飛び出て、足下に突き刺さった。
「いいざまだな、ピンクマスク。地獄へ墜ちろ!」
 イガムの声さえ、モモコには聞こえなかった。鼻息をならしながら、サーベルをまき散らす獣と距離をとろうとしたが――
「ああぁっうあぁ!」 
 サーベルの一本が脚に刺さるが、スーツにはじかれた。だけど、そのバッドで殴打されたような感覚に地面に倒され、這いつくばる彼女は、パニックに囚われ血走らせた目で、敵をみてから宙をみたが、どこにも仲間はいない。
 それから気づいた。倒れたそこから先の地面はなくなって崖に下は――
「くらえッ!」
 イガムの放った光線はピンクマスクの足下に命中し、ゆるんでいた地盤がいっぺんに爆発を起こした。
「――ッ!!」
 モモコは呆然とした面もちで、大量の吹き上げる土砂の中に一瞬で包まれ、下をみると、崖の下が遠くにあり――一瞬宙を舞う感覚、それから土砂をまとめて吹き飛ばすほどの爆発にピンクマスクは覆われた。
「アァァアァァァアアアアッ!!」
 爆発音と競いあうように、甲高い悲鳴が崖を下から上まで覆いつくし、土砂と火炎とともに墜ちていくモモコの瞳が、迫りくる土砂を捉えると――グシャリ、ピンクマスクの体が受け身をとるまもなく着地して、音を立てた。
 
「あぁっ…みんな……」
 脚を引きずりながら、モモコは体を起こす。しゃきっとしなくては――彼女の中にある戦士の意識が訴えかけてくる。
「『マリアローズ』を……」
 譫言のように口にしながら、モモコは脚を引きずる。その目の前に、優雅ささえ見せながら、サーベルドグラーが着地した。その横にはイガムがいる。
「イガム……っ」
「ピンクマスク、今日がおまえの最期だ」
「ふざけないでよ……」
 おぼつかない足取りで迫るピンクマスクがいる。イガムが顎で合図すると、サーベルドグラーは自らのサーベルを高く振りあげるのがみえ、宙を――
「あ……きゃああああぁっ!」
 音を立て、サーベルがマスクを殴打する。それ自体は地面に墜ちるが、オーラパワーの波動が一瞬ゆがんで彼女の体を走り、目のあたりを手で押さえながら悲鳴あげる。
「目が…目がぁっ!」
 どさっと膝をついて円形のバイザーに手を当てたまま、悲鳴をあげるモモコ――オーラパワーをも歪ませるパワーに一瞬錯覚を起こし、涙が――止めどなく流れて血を連想させた。
「っぁ!」
 モモコの腕をとるのはサーベルドグラーの大きな手だった。顔をあげ、力なく敵を見上げている彼女――
「いいザマだな、ピンクマスク!」
「許さないっ!」
 涙声で言った。ふりほどこうとした腕がふりほどけず、立たされたピンクマスクの猫背の腹部に、サーベルが袈裟がけに飛び込んだ。
「あああぁっ!」
 反射的にのけぞった――サーベルドグラーに突き飛ばされ、不明な足取りでびくびく震えながら後退させられ、気配を感じても対処できなかった。
「あああぁ――!! あああぁっ――!!」
 切りかかられ、激しいスパークを噴きあがらせながら、モモコは揺れた。目の前が真っ白でサーベルドグラーの鼻息を間近に感じても、その矢継ぎ早の動きに体がついていけずに、ただ体が攻撃されるのを待つしかない。
「きゃああああぁぁっ!!」
 ひときわ大きい爆発に目がくらみ、軽くなったかと思うと、背中が何かにぶつかり、体が落ちて――ここは砂利の上??
「ぁっ…強い……強すぎる…」
 ただ力圧しの攻撃、知能があるとは思えない地帝獣の攻撃には、モモコに回り込む隙を与えない。口の中に血の味を感じながら、モモコは尻餅の状態で、敵をみやった。
「どうしたらっ」
 アングラー兵たちが集まってくる。隙間という隙間を駆けよる戦闘員の動きは一種の美的センスがあった。顔から血の気が引いた。残忍なイガムの表情がピンクマスクを見据えている。レッドたちの氷漬けにされた姿が脳裏をよぎる。
「サーベルドグラー! 止めをさせ!」
「させないわっ!!」
 イガムとサーベルドグラーの足下に小さな爆発が起き、そこにいた全員が崖の上をみあげた。
「イエローマスク!」
 イエローマスク/ハルカの姿がそこにあった。彼女は跳躍すると、さっと降り立ち、モモコは肩をぽんとたたかれた。
「何故だ、ダークブリザードの氷が解けるなど――」
「ギリギリで忍術を使って、影分身をしたのよ! あなたたちが氷漬けにしたのは、私の分身ってわけ――大丈夫、ピンクマスク?」
 辛さと嬉しさが入り交じり、モモコは肩をたたいた。
「遅いっ」
 パリッ――音に、モモコは瞬きをしてみた。ハルカの身を包むスーツの全身に妙な光沢があった。氷――?? モモコが見ようとしたら――
「騙したな、マスクマン!!」
 イガムの甲高い声――包囲されている二人、イエローに手を取られ立ち上がるモモコ――そのハルカの手が異様なほど冷たい?
「解った――??」
 二人だけに聞こえる声で、ハルカの声がした。
「早く片づけないと私――ウッ」
「イエローマスクっ!!」
 モモコは肩をつかんだ。「そんな身体じゃあ持たない――」
 敵を見据えて構えるイエローが、モモコをみずにゆっくり首を振る。全身が徐々に凍り付こうとしているハルカの食いしばるような震えた声――
「『マリアローズ』を奪えば――それで私は――」
「なにをつべこべ話している!」
 さしのべられている手をふりほどき、ハルカの有無をいわせぬ口調が響いた。
「いくよ! ピンクマスクっ!」
 駆け出すイエローマスク、直線的にサーベルドグラーへ――残忍なイガムの笑みと、吠える地帝獣をいる。
「だめっ!」
 駆け出すピンクマスクは、くじいた足がもつれてイエローと距離が開いた。対して、サーベルドグラーの投げはなったサーベルは、一直線にものすごいスピードで――
「あああぁあぁっ!」
 一本、二本と命中して爆発――吹き飛ぶイエローマスクがくるくると宙を回転しながら、きらきらと表面の氷の破片をばらまきながら落ちていく。
「イエローマスク!」
 二人の間に立ちふさがるアングラー兵をほとんど無意識で倒して、駆け寄る。胸に広がる無惨な焦げ目が目に入る。
「立ち直る隙を与えるなっ!」
 イガムの声から爆発までは間がなかった。サーベルが目の前の地面に突き刺さり、ぱっと光ったかと思うと、二人は火球に吹き飛ばされている。
「ああああぁっ――!!」
「ああああああああぁあっ!」
 再び這い蹲らされている――
「くうっぁっ……」
「ピンクマスク、なんとしても……」
「ダメよ、そんな身体じゃ…」
「しゃきっとしなさい!」ハルカの声にもハッキリとした恐怖が感じられた。「うっ……」
「イエローマスク! イエローマスク!」
 痙攣を起こしうつむいた彼女が首を振っている。氷はさきほどより光沢を増し、厚くなったように見える。
「そうかっ……」ハルカをかばうモモコの見上げた先にいるのはイガム。「サーベルドグラー、イエローマスクは氷かけているぞ!」
 サーベルドグラーの雄叫びが木霊する。ピンクマスクは二人とイエローの間で這い蹲ったまま、手を広げた。しゃきっとしなさい――声が耳に残っていた。
「ピンクマスク、これ以上、どう戦うというのだ」
「負けないっ」
 ほとんど悲鳴になって、声は響いたが、サーベルドグラーの鳴き声にたちまちかき消された――優位に感じている敵の嘲笑だ。
「よく、言ったわ……」
「イエローマスクっ!」
 立ち上がるハルカのオーラパワーを漲らせた黄色い身体――
「私たち、マスクマンは負けない。イガム、『マリアローズ』はいただくわ!」
「ふんっ」手にある青い花を、イガムは大きくかざす。「とれるものならとってみるがよい」
 モモコは握られる手に気づいた。ハルカが手を握っている。不安の中でも強くあろうとする手だった――
「ハルカっ」
「やるしかない――モモコ」
「うん――マスキーリボン!」
 武器をかざすと、モモコはそのリボンをイガムとサーベルドグラー向けて放った。二人に巻き付いていく。
「なにを!?」
「マスキーローター!」
 イエローの手からその武器が飛ぶ。リボンで拘束されたイガムの腕をはじき、『マリアローズ』が地面に落ちた。
「もらうわっ!」
 手にしたリボンをピンと張った状態で、モモコは距離を詰めた。姿勢を低くして、手の中からオーラパワーを流し込んだ。渾身の力だった――手を伸ばす先に、『マリアローズ』が――
「させるか!」
 『マリアローズ』を手にすると、ピンクマスクはそれを胸でしっかり抱きとめた。敵に目をやると、ビリビリッと音をたてながらリボンが破れていくのが――
「そんな!」
「ピンクマスク!」
 破れるリボンを反対に手で巻き付けて、イガムが握られてしまう。黒い電撃が逆行してオーラパワーの欠乏した身体へ吸い込まれていく。
「あああああああぁあぁっ!」
 しっかり、花を抱きしめ圧し当てた。つんとした匂いがマスクを通しても感じられた。
「あああぁぁっ」リボンははるか向こうへと跳ね飛んで行く。
「ピンクマスク、はやくみんなのところへ!」
 倒れる彼女の代わりに、矢面に立つハルカの激しい声だった。
「う、うんっ……」
 モモコは立ち上る煙の間を抜けた。振り返らなかった。みんなを助けなきゃ、ハルカも助からない。その一心で走り出したが――走り出したのに――
「なにっ」
 イガムも、サーベルドグラーも、アングラー兵も、イエローマスクもいない。周りが煙――靄に包まれていた。つんとした匂いが強くなっていく。
「なぁ…はぁっ……頭が…まわるっ……」
「何してるの!」
 気づくと倒れていて、イエローマスクがぼやけた視界にいるのが解る。
「うごけ…ない……」
 なんとかそれだけ言った。声が音が妙にハウリングしている。
「アハハハッ、罠にハマったな。地上人にとって『マリアローズ』は猛毒だっ。その花粉を吸い込んだものの自由を奪う」
「なんですって――」
 声はきこえた。だけど、身体が動かない。だらしなく手足を投げだし、モモコは耳鳴りに顔をしかめた。みんなを助けるには『マリアローズ』が――ぎゅっと胸に押しつけると、よりたくさんの――甘い匂いが――
「ダメッ」
 ハルカが見えた。青い花は紫色にどす黒く変色し、スーツの色も濁って見えた。胸元の『5』をデザインしたエンブレムが黒くなっている。
「イエローマスク、自分の心配をしたらどうだ」
 すぐそこ――サーベルドグラーがいた。イエローマスクの首を掴んで、無理矢理立たせていた。
「離せっ!」
 しゃにむに叫ぶ声――サーベルをふりあげ、獰猛な声をあげる地帝獣――すべて解るのに、身体が動かない。
「あああぁあっ!」
 ぼーっとした濁った意識で、黄色いと青黒い影の重なり、激しい白煙と炎を巻き上げている。
「ああああぁあっ!!」
 滅多刺しにされている。モモコはただ見上げ、のばそうとする手は、身体を包む霞の中に吸い込まれてしまう感覚で――
「あああああああぁっっ!!」
 ビクビクビクと震えるハルカの身体――抵抗できずに攻撃を受け、背筋が曲がるほどにのけぞらせているイエロ――ー
「ハルカ……」
 ポロポロこぼれる涙を浮かべながら、モモコは動くことができない。身体を揺り動かされ、海老剃りが猫背にかわると、ザックリと傷口を開けたオーラスーツと、割れたバイザーから除く歪んだ顔が、妙に鮮明で生々しく――
「ハルカ…ハルカ……」
 泣いたモモコの胸元に差し入れられる腕がある。イガムは『マリアローズ』を取り戻すと、絶対的優位にある肉食獣の獰猛さで、二人のマスクマンを見ていた。
「次こそ、ダークブリザードでイエローマスクを永遠の眠りに就かせてやれ!」
 激しい頭痛だった。モモコが声に辺りを見回した。サーベルドグラーの激しい鳴き声、イエローマスクの呆然とした表情――恐怖にたたき落とされる時間さえない。地帝獣の頭から白い煙が吹き出した。
「ダメっ…やめて……やるならあたしを!!」
 もがけばもがくほど痛みはひどくなった。それでも、モモコはイガムの足にすがりついた。首を垂れて懇願した。エアの吹き出す音、そして――
「あああぁあああああぁっ…か、身体がっ!!」
 ハルカの悲鳴は、モモコの心を引き裂きずたずたにするのに充分だった。それに応えるように、地帝王子のブーツが、すがりつくピンクマスクのグローブを踏みつけにした。虫けらを踏みつぶす時の足使いだった。
「身体が、凍り付くっ……!!」
 氷と氷がぶつかり軋む音は何十倍にもなって谷間に響きわたり続け、やがてそれが終わると、猛烈な静寂が訪れた。
「安心しろ。ピンクマスク」
「…………」
 振り向くピンクマスクの視界には長方形の氷像があり、その中には戦い傷ついた姿のまま、氷と化したイエローマスクが、ハルカの苦悶をそのままに立ち尽くしていた。
「すぐに後を追わせてやる」
 踏みつけにされた足が掴まれた。そのすぐ向こうに狂気の笑みを浮かべたイガムがいる。
「さあ、やるならあたし、なのだろう?」

 振り向くピンクマスクの視界には長方形の氷像があり、その中には戦い傷ついた姿のまま、氷と化したイエローマスクが、ハルカの苦悶をそのままに立ち尽くしていた。
「すぐに後を追わせてやる」
 踏みつけにされた足が掴まれた。そのすぐ向こうに狂気の笑みを浮かべたイガムがいる。
「…ぁ……」
「さあ、やるならあたし、なのだろう?」
 泣きながら震え、端正な顔立ちを歪めた『女』になったモモコが口元を拭いながら嗚咽を洩らす。。
「嫌ッ!」
 オーラパワーに満ちていた身体は、その欠乏とともに重く感じられ、這い蹲る彼女は力なく、イガムに立たされると、『壁』に叩きつけられた。冷たかった。
「別れを告げさせてやろうではないか」
 そこにはハルカの苦悶の表情がある――ごめん、ハルカ、ごめん、みんな――あたしが未熟なばっかりに――イガムの腕がマスクを掴み、頭が叩きつけられた。乾いた音ともに、細かい亀裂がマスクの全周へ広がっていく。
「あああぁっぁ…アァッ!」
 ねっとりとした鉄の味が満ちていた。口の中いっぱいに広がった血が顎を伝う。吐き気を感じながら引き剥がされ、また氷に向かって頭を突っ込まされた。
「あああああぁっ……」
 そのたびに、ジグソーパズルを揺さぶるようにマスクの破片が落ちていく。イヤリング状の装飾が外れ、地面に堕ちて激しい音をたてる。中からロングのストレートヘアが広がり、痣だらけの素顔が露わになった。マスクの残りは力任せにはがされ、かさぶたを剥がされるような感覚に、涙がこぼれた。恨めしげな表情が氷に反射して知れた。
「ゴメンなさい…」
 呻くように話す彼女には氷漬けの仲間――紫色に腫れた自分の瞼が表面にうつっている。
「ぇ……」
 マスクから半分露出したハルカの顔は、スーツの中から逃げ出そうとしているようにも見えた。ひきつったまま凍り付いた顔――その睫――真っ白いそれがビクビクと動いている――?
「ハルカ? ああぁっ!」
 氷から引き剥がされ、視界が反転し、背中に氷の表面が知れた。抑えられ、イガムと相対して立たされている――
「さあ、ピンクマスク、イエローマスクやほかの仲間とともに、地獄に墜ちろっ!!」
「嫌!」
 さっきよりも確信に近づいた口調で彼女は言った。地面に倒されたピンクマスクに迫るサーベルドグラーがみえる。サーベルをやはりドクロのように発射しながら――モモコは泣いていたが、涙は止まっていた。頬を真っ赤に染めながら、地面に刺さったサーベルのうちの一本を取り、足取りをハッキリとさせた。
「なにっ」
「まだハルカは死んでないわっ!」
 生きながら死に瀕する仲間は、命をかけて守る。モモコは駆けだした。そんな体力がまだ残っているとは自分でも思えなかった。
「やれ、サーベルドグラー止めを刺せ!」
 飛び交うサーベルを手にしたサーベルで薙ぎ払う――金属の激しい音が立て続けに響き、眉間にしわを寄せた彼女に、その猛烈な冷気が――
「はぁあぁぁっ!」
 ただひたすらに気合いを込めると痛みは薄らいだ。冷気の中に飛び込み、かき分け――その噴出口を斬りつけた。
「ギュェェェエッ!」
 とっさのことに、頭を抑えながらサーベルドグラーが悲鳴に似た声で体当たりをしてきた。冷気の中でぶつかりピンクマスクはそのまま倒れる。
「ハァッ!!」
 怒気を込めて、修羅の面もち鮮やかに迫るモモコは立ち上がるが、その背後にさっと影が刺し――
「ああああああぁぁああっ!!」
「ふん、バカな奴だ……」
 イガムの声はどこか忌々しげで、額に流れる血が目に入り、ひきつらせて砂利を舐めるモモコの目からは再び涙が伝う。
「『マリアローズ』をっ!」
 悲鳴そのままに、イガムの足を掴むモモコ――汚いものを見る視線が降り注ぐが、真っ赤に染めたモモコは顔を歪ませていた。
「そうか、そんなに欲しいか、これが」
 手の中にある花を見て、イガムは皮肉そうに笑う。
「だが、これは猛毒。そうだ――」
 その花びらの一枚をちぎり、イガムは歪んだ表情で、モモコの髪を掴んで引き上げた。
「ぁぁっ…何をする……」
「これがあれば、ダークブリザードに身も心も凍らされることはあるまい」
 イガムは『マリアローズ』の花びらを口に含む。モモコは顎を掴まれた。迫る唇に顎を引いても、少しも意味はなく、モモコはイガムの口づけを重ねた――口元から唾液が糸を引いて伝う、その地帝王子の口元から流れ出る匂い――
「んぁっ……」
 身体の力が抜け、イガムに引き寄せられた。モモコの二の腕を掴む腕がスーツにしわを寄せた。舌がずるりと音をたてるように流れ込んできて、唾液が流れ渡された。
「ぁぁ」
 チューブの冷たい体温に、身体が凍えながら力が抜けてしびれた電流の中に、重ねられる甘みがあった。
 気づくと、舌の上に『マリアローズ』の花びらがあった。モモコは口の外へだそうとするが、触れる舌、顎は痺れて身体から力が抜けていき、汗が滴り、スーツが張り付いた。
「はぁ…あぁぁ……あぁ……」
 唾液を拭う指に、ただ口を半開きにしたまま、嗚咽を流すモモコ――局所麻酔をかけられるのに似た感覚に、ただ惚けてイガムが起きあがるのを見ている。
「ハハハッ、いいザマだ」その背後に見えるのは、サーベルドグラーだった。「ピンクマスク、その『マリアローズ』の花びらがある限り、おまえは凍らない」
 首筋にサーベルの刃先があてられる。
「おまえは、サーベルドグラーによって氷漬けにされたあと、その氷の中で死ぬまで凍らずに生き続ける――ちんけな花びら一枚がその氷を溶かすのと、おまえが死ぬのどちら早いかな――」
「ふうぅぅぁぁ…」
 尻餅をついてあおむけの彼女に、笑うイガムに、サーベルドグラーがいる。与えた攻撃は奴に大したダメージを与えられておらず、シューシューと間欠して吹き出す白い霧は人間をも容易に凍らせる。
「さぁ、サーベルドグラー、今度こそだっ!」
 逃げられない――モモコは泣いた。ストレートヘアを震わせ、口の中の甘ったるい恍惚さえも、彼女の恐怖を和らげるには足りなかった。吹き出す煙に包まれるピンクマスク、声が声がでない。みんなみんな――ごめん――冷たい猛烈に冷たかった。体がスーツが――

 ブルーマスク/アキラは、地底花を持って姿長官のもとに駆けつけたが、結局それは無駄骨だった。アキラはその採石場にとって返した。モモコのことが気がかりだった。
「なんだよ、これ――」
 普段はあっけらかんとしている彼も、砂利の山を越えたその場所に広がる惨状を目にしたとき、言葉が見あたらずに、ただ唇が乾いた。
「そんなことって、ありかよ――」
「ブルーマスク!」
 そこにいるのは、地帝王子イガムとサーベルドグラーだ。
「おまえを倒せば、マスクマンは全滅だ」
「なんだと、この野郎!」
「サーベルドグラー、ブルーマスクも地獄に送ってやれっ」
 既にマスクマンを四人始末した地帝獣の鳴き声は、ことさら尊大になって採石場に広がっていった。アキラは、凍り付いて倒れているイエローマスク、ピンクマスクの姿を見てから、絶望的な戦いに身を投じた――




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