忠実なる防人

 343斜溝の入り口からちょうど560メートル、計測値を見て、西掘さくらは眉間にしわを寄せた。前を歩く菜月が止まる。背中にぶつかりとっさに頭を下げかけた。悪いのは自分じゃない、さくらはまた、菜月に腹がたった。
「イエロー?」
「さくらさん、なんかヘンじゃあ……」
「イエロー、ミッション中はコードネームです」
 さくらはこの台詞を何度言ったか知れない。だけど、菜月は頑なに――意識してないだけ?――コードネームで呼ぼうとしない。
「そんなことより…なんか…」
 その視線に、マグライトを取り出してさくらは行く先を照らした。小ぶりな鍾乳石がいくつか、シャンデリラのように天井から伸びているだけだ。
「今のところ、おかしな傾向は見られません。それよりさっさと見つけ出さないと……」
 しばらくいくと、一メートルほどの段差があった。ルートマップどおりだ。
 さくらは腕をついてその上へと登る。「さあ、イエロー、捕まって」
「うんっ!」
 菜月に手を貸し、さくらは彼女の身体を引き上げた。ぐいと黄色のジャケットを着た体が、空中へ浮かびあがるようにして持ち上がる。
「んしょ――すごーいよ、さくらさ…」
「力じゃありません。力の入れるところを見極めれば、これぐらい――」手についた土ぼこりを払い、さくらの声が不意に途切れる。「とにかく、先を急ぎましょう」

 西堀さくらにとって、間宮菜月という存在は、よく解らなかった。厳しい教育の中で、自分にも他人にも厳格であれと育ったさくらにとって、何事にも自由で子供のような菜月は、良い存在ではない。そう思っていた。
 プレシャスを探す冒険を楽しんだりする必要なんて無い。一度ならず彼女は言ってきた。だから――冒険という任務や、チーフの真意を測りかねていた。
「さくらさん?」
「はい?」さくらははたと顔をあげ、笑顔の彼女に顔を向けた。「ですから、ミッション――」
「分かれ道があるよ…」
「分かれ道?」
 言葉を寸断されたことも忘れ、行く手に目を向けた。洞窟は一本線で、奥まで続いている。無人ロボットによる調査でも明らかだった。人間の目だけでなく、隠し扉なども探査するロボットの探査モニターが、それを弾いた――?
「そんなはずはありま――」
「でも、分かれ道だよ」
「確かに――確かに、そのようですね」さくらはアクセルラーを取り出した。「チーフ――チーフ?」
 無線は通じなかった。この洞窟が特殊な合金か何かで出来ており、場所によっては通信ができなくなるおそれがある。事前ミーティングではそう教わっていたが、実際通じない――となると、背筋のあたり冷たい風が走るのを感じた。
「ありゃ…だめみたい」菜月も同じようにアクセルラーを取り出している。「二手に分かれば……」
「駄目です。常に相互援護が出来ないと、もしものとき対応できません」
 教科書どおりの言葉が、さくらの口から漏れた。二手に分れ、通信が途絶している今、事故が起こったとき、援護ができない。これだから素人は――でかかった言葉を飲み込み、さくらは左右の穴を見やった。
「でも、どっちにすれば一体……」
「こっち!」菜月が右の穴を見ると声をあげた。「こっち、ぜーったい、こっち」
「どうして解るんですか?」
「すこーし、甘い匂い」
「甘い臭い、ですか?」
 眉間にしわがよるのを意識しながらも、菜月の隣に立ち穴へ鼻を向けた。確かに、ほんのり甘い臭いが漂っていた。でも、毒ガスもまた甘い臭いのはずだった。
「大気成分を調べます」さくらはアクセルラーをその方向へ向けた。「アリサクレン酵素の濃度2.37パーセント……」
「アリサクレンコウソ?」
「自然界に無い猛毒です。致死量は三十パーセントですけど、充分危険数値です。こっちは危険です!」
「じゃあ、こっち」
「イエロー! 危険だって言うのが……」
「自然界に無い毒が漂ってるなら、プレシャスもこっち…変身しちゃえばいいんだし」
 さくらは不意を突かれたような顔をした。菜月の話にも一理あった。事前調査では分かれ道も毒ガスも無かった。限りなくリスクがあり、引き返すこともやぶさかではない。だが――さくらはチーフの言葉の数々を覚えていた――リスクなくして、冒険は出来ない。
「……その通りね」
 しぶしぶ頷くと、さくらはアクセルラーをコマンドモードに切り替えた。「レディ――」

「ボウケンジャー! スタートアップ!」
 中央にある起動ボタンを押す。アクセルラーの下部に設置されたジャイロを、マッチ棒に火をつける要領でユニフォームの袖で回転させる。瞬間的に加速するジャイロは鋭い音を立て、スーツが展開され、体表面に定着する。さくらと菜月の顔はマスクで覆われ、変身完了のアラームとマスクのプラスティックと金属に混ざった臭いが鼻をついた。
「でも、イエロー気をつけてください。パラレルエンジンとの接続が絶たれてるから百パーセント全力は出せません――むやみに力を発揮しないこと、いいですね」
 ボウケンピンクとなった彼女は、マスクと同じような渋い顔をして、イエローを見やる。ボウケンジャーは個別のマシンに搭載されたパラレルエンジンからのエネルギー供給によって、パワーを発揮している。その接続が絶たれている現在、ゼロではないにしても、長時間戦闘を行うには適した状態にはない。
「はいはい、解ってる解ってるう」さくらの危惧をよそに、ボウケンイエローは頭の上のフラッシュライトを点滅させた。まるで、おちょくられたみたいで、いい思いがしなかった。
「あ、ちょっと! アリサクレン酵素は――」
 チーフが本当になんであんな子を冒険者を選んだのか、ミッションが終わったら問いただしたかった。さくらは唇を噛んで、右の洞窟をイエローに続いて入っていった。

「はあはぁ…イエロー、勝手な行動は厳に慎……」
 洞窟は一キロ近くも続いており、その距離ひたすら、後ろ姿を追いかけた。やがて行き止まりに立つイエローを見つけ、立ち止まるボウケンピンクは、腿のあたりに手を置き、丸めた肩で息をした――
「ボウケン…ピンク……さくら…さん?」
「イエロー?」
 俯き加減から顔をあげたさくらは、ボウケンイエローの様子が何かおかしいのにようやく気付いた。
「あぁ……」
 ぱかッ――呆気ない音をたてて、イエローのマスクが真っ二つに割れる。
「菜月さん!」ミッション中とかどうとかを忘れて、さくらは自分のほうへ倒れてくるイエローの身体を抱きとめた。
「あたし…菜月は…どうしたの……」
 ボウケンジャーのマスクが破壊されるなど容易にあることではない。力は百パーセントではなくとも、装甲の防護力までは落ちないはずだった……
「一体何が……」
 さくらは菜月の身体を抱きとめながら、辺りを見回した。 綺麗に割れたマスク、途切れた場所に向かってひょうたんのように狭くなった洞窟壁面、その奥にある丸い小部屋に神殿のような人工物、その上に穴があった。その穴から飛び出した砲門のようなの先がさくらの視線と絡み合う。
「危ないッ!」
 菜月の身体を突き飛ばし、ボウケンピンクは反対側へ隠れた。ひょうたん状の壁が遮蔽になった。刹那、掴めそうなほど収束した光が鋭い音をたてて、地面を抉り砂礫が飛ぶ。
「トラップ……」
 冷や汗が出る思いだった。ボウケンイエローは迂闊にもこのトラップの前へ出て、マスクをやられたのだろう。マスクを破壊できるほどの威力だ。当たればひとたまりも無い。
「さくらさ……ん…」
「ぇっ……だ、駄目! 動かないで!」
 ボウケンイエローが匍匐全身のような格好で動いていた。そのまままっすぐ進めば、あのレーザーの射程に入ってしまう。
「い……痛いよう……」
 仕方ない、さくらは寸暇飛び出ると、目にも留まらぬ動きで、菜月のいるほうへと飛び移った。背中をレーザーの直ぐ横をかすめ、転がり込む。
「うっ!」
 空中をイルカのように方向転換する刹那に背中が壁にぶつかり、ボウケンピンクの身体がイエローの上へと覆い被さる。
「ああああーぁ!」不幸中の幸いで菜月の動きをとめはしたが、わずかにひょうたん口にピンクの脚が出てしまう。そこへレーザーが走り、ブーツとスーツの境目にある金属製の防具に命中した。傷みは感じなかったが、防具は融け、表面を焼きながら黒く変色した姿をあらわす。
「くくっ…」
 さくらはそれでも、なんとか自制心を噛んだ。鉛のように重い足でびっこを引いた。
「イエロー、大丈夫ですか?」
「さくらさん…さくらさん……」涙声の菜月がいる。
「イエロー、しっかりして!」
 さくらは菜月を引き寄せると、頬へ平手を放つ。思いのほか乾いた音が響く。
「きゃっ!」その場に菜月は伏せるが、やがて顔をあげた。涙は無かった。「さく…ごめん……」
 戻ったほうがいいのかも知れない。菜月がダメージを受け、彼女も傷を負っている。しかし…さくらは背後を見やる。洞窟はそのひょうたん状のところに掛けて、数十メートルの直線が続き、カーブとなっている。プレシャスの防護兵器が動いている限り、この数十メートルは射程に入ることは確実だった。
「それより、戻るにしても、進むにしても、これじゃ策が無いわ……」
 菜月がこちらを見てきた。さくらは内心の動揺を見破られそうで視線を離した。
「万事休ーす」
 菜月の声は、ついさっきとは比べ物にならないほど明るかった。
「馬鹿にする気ですか? あなたも何か考えたら――」
「簡単簡単。バケットスクーパーで盾をつくって、そこからハイドロシューターで水を撒けば、その中でレーザーはぱーっと蒸発。その隙に、菜月がサバイバスターで破壊すればオーケー……でしょ?」
「…………確かに、そのとおりです。そう、うん、それ……」
 さくらは思わず、今はマスクの無いボウケンイエローをまじまじと見やった。自制心を保つことに囚われすぎて、逆に冷静さを失っていたのは、さくらかもしれなかった。
「じゃあ、やろやろ?」
 といって、菜月が腕をあげると、そこにショベルカーのバケットにそっくり――バケットスクーパーが現われた。
「ええ」彼女も同じく、ハイドロシューターを抱えた。頷きあう。「カウント、3、2――ゴー!」
 さくらの声とともに菜月はバケットスクーパーで遮蔽しながらひゅうたん口へ踊り出た。砲門がそちらを向くともに、背後のピンクが二基のスクーパーの間にバケットスクーパーを挿れた。引き金を絞る。タンクの圧縮エアの音が感じられ、勢いよく水が噴出した。
「イエロー、今よ!」
「うん、えい!」
 ボウケンイエローはハイドロシューターを下ろすと、ひょうたん口から中へ入った。放水の中を泳ぐようにして肉薄する。レーザーが水の中でぴかぴか光っていた。菜月は天井近くに顔を出し、ぴかぴか光る中へ、エネルギー弾を叩き込んだ。
「サバイバスター!」
 レーザーと違い、エネルギーの塊を打ち出すサバイバスターが水の中へ減殺されることはない。さくらの目には銃口から飛び出た弾が水の中を掻き分ける様が解った。レーザーと水が混ざり合ったプラズマの光の中、一直線に大砲口に到達したエネルギー弾が砲身をへし折り、奥へと入っていく。そこに装填されていた粒子が行き場を四方に求め暴発すると、まばゆいばかりの光が室内を包んだ。
「しまった!」
 さくらは迂闊さに唇を噛んだ。ハイドロシューターの放水をやめても、プラズマの暴発が、ボウケンイエローの身体を包み込んでいく。ボウケンピンクは中へ入ろうとした。
「きゃあぁっ!」
 侵入者を拒むかのようにひょうたん口にプラズマの壁が出来て、ボウケンピンクを突き返した。全身に走ったスパークに明るいピンクと白を基調としたスーツが、瞬間的に煤けた。ぱちんぱちんと音をたて、バイザー上のサーチライトが破裂する。そのため、明かりが消え、ひょうたん口から漏れるプラズマの渦が、幻想的な光となってボウケンピンクのフェイスを照らし出していた。
「ああぁっくっ…菜月さん……」
 さくらは口の中に鉄の味を感じながら、身体を起す。水が蒸発または分解して消えていく。レーザー砲の制圧には成功したらしい。その証拠に砲身のあった場所には金属が食虫直物のように花びらを広げている様が見えた。
「イエロー……?」
 神殿のようなオブジェは1メートルほどの高さだった。その一番トップに何かが存在していた形跡があった。レーザーと同じように割れた西瓜のようになって、中身が飛び出したように、粘着性の液体が付着していた。
「何なのこれは……? それより……」

 ピンクとイエローが求めたプレシャスは、そんな特殊なものではなかった。古代文明が遺した土器やら土偶やらだったのに――プレシャスというよりも、学術的価値があるもので、研究団体からサージェス財団へ発掘の要請があり、ボウケンジャーが出動したのがはじまりだった。ただの石ころやら粘土細工だったから、チーフや博士も、二人で充分だと思い、さくらもそう思った――はずだった。

「さ…くら…さん……」
「イエロー!」
 さくらは思わず駆け寄った。倒れた菜月は、予想したほどダメージが無さそうだった。やけどを負っている様子も無かったし――マスクを破損した破壊エネルギーも拡散されたのだろう。
「く、苦しいよ……」
 だが、さくらは声を失った。ボウケンイエローの胸にプリントされたサージェス財団のSを基調としたマークの部分が焼け焦げて露出し、菜月の小ぶりな胸が露になっていた。
「何ですか、これは……」
 その胸の谷間には古代文明の何かの紋章らしいものが、刺青のように刻まれていた。それは決して自然にできるようなものではなかった。菜月の胸にそんなものがあったとは考えられない。事実彼女の胸を中心に酷い蚯蚓腫れが出来ていた。
「!」
 さくらが気配を感じて振り向くと、ひょうたん口の上からシャッターのように扉がおちてきてするすると退路を絶ってしまった。
「さあて、どうすれば……」
 自分でも意外と思えるほど冷静だった。続く異常事態に感覚が麻痺していたのかも知れない。そこ知れぬ恐怖がせりあがってきたからこそ、落ち着けたのかもしれなかった。

「侵入する者よ…」だから、さくらはその声がしても冷静な気持ちを保っていた。だが、その声が菜月の口から漏れているという事実は予想外だった。「この宝は我々、スターリング文明を継ぐ正当なる後継者に与えられる証――」
「なつ…」
 その声は生気が無かった。おそらく、プラズマにオブジェが暴かれ、菜月はトラップに捕まったのだろう。今の菜月を喋らせているものは、このトラップが持つ留守録電話の伝言メッセージみたいなもの、これまでたまに見る手の込んだトラップの一つだった。
「後継者ではない者が、この宝を得ようとすれば、その身体を殺すだろう――」
 声が終わると同時に、さくらの背後から二本のワイヤーが現われ、腕に巻きついた。とっさのことに判断が遅れ、後ろ向きのボウケンピンクが空中に投げ出される。
「ああっ! しまった!」
 事態は遊園地のアトラクションのように順番で進行している。さくらは身体が重くなる感じを覚えた。空気が冷たく感じられる。両腕が広げられ、脚が宙を描き、その脚へ撒きついたロープが、ボウケンピンクをX字にする。退路が絶たれても、手段はあった。だが、奪われた手足は宙を描く。
「動きが取れない……」
 さくらの力は無意味な方向へ放散され――段を越えるときに、菜月に教えたように、ロープは要所をとらえ、ボウケンピンクを封じ込めている。彼女にとって、ネガティブシンジケートよりも、卑怯な犯罪者よりも、孤立無援のこの洞窟にいる恐怖は何倍も激しかった。
「イエロー! ボウケンイエロー!」
 だが、菜月はもはや意思を持たない人形のようになっていた。立ち上がり、彼女に顔を向けるポニーテールの顔にかつての面持ちは無く、青色をして感情が無かった。
「侵入する者よ。後継者ではない者が、この宝を得ようとすれば、その身体を殺すだろう――」
 重く沈んだ声が狭い空間を満たしていた。相手が感情をもった相手であれば、交渉の余地はあった。だが、これを作った者は何千年も前に消えており、既にこの世にない。だが、意思を受け継ぎ、天井のシャッターが開くと、全く同じレーザー砲が現われた。
「だめ、やめてぇ――」
 長い洞窟の果てにある太古の遺跡の中に、設置された防護兵器は、その遺跡を作ったものが全て死に絶えて尚、完ぺきに稼動していた。鈍いモーター音がして、その十センチほどの砲門の中に、ぱっと光を描いた。
「いやあぁあぁあああああああ!」
 光が何色だかわからなかった。加速装置から放たれた収束した光はそれ自体が突き刺すように、ピンクのマスクへ殺到した。何億もの光の粒子が屈強なマスクへ絡みつき、その表面を焼き焦がし、さくらは強烈な熱を感じた。長い時間をかけて、硫酸でゆっくり溶かされたかのように感じたが、おそらく1秒か2秒の出来事だった。マスクは解けた糸が針穴を抜けるように離れていった。
「まさか……」
 菜月のマスクを破壊するほどの威力があれば、マスクが破壊されてしまうのは解る。だが、理解と現実は違った。顔が燃えるような熱を秘めて大粒の汗を浮き立たせて、長い髪が猛烈な静電気にぐしゃぐしゃになっていた。マスクが暴かれ、さくらはその強力なエネルギーに畏怖を覚えた。
「ぁくっ……」
 うわ言のようにさくらは喘いだ。さっきまでは信じられる仲間だとは思えなかった。だが、その彼女を軽蔑するような思いが彼女をトラップ――冷酷な処刑マシーンの軍門に下し、その中へ下りつつあるのだった。
 レーザー砲は可動音を轟かせた。砲門が下を向き、最早生きる屍と化した菜月に向けられている。起きる事態に、さくらは全身が強張るのを感じた。人の命はなんて儚い。さくらは、仲間の血潮や脳髄を身体に受け、その煮物の具のように熱をもった感覚が、金属のように冷たいスーツにねっとりとこびりつく感覚、臭い、最期に漏れた悲鳴が脳の中でフラッシュバックを繰り返しながら、響き渡るのを感じた。
「ァぁっ……ウウっ…ぁく…ふ…」
 ワイヤーが徐々にボウケンピンクの身体を引いていく。滑車の立てる音がワイヤーの伸びた先から届いてくる。歯車同士がかみ合っていく微動がスーツの上に感じられた。わずかな遊びを残していたワイヤーは、さくらの自由を完璧に奪っていく。
「ぁ…チーフ……来て…はや……」
 ピンと張られたピンクと白を基調としたスーツ――元自衛官のアスリート、自分にも他人にも厳しくあれとしつけられた女性の無駄の無い身体――の上に、光沢を帯びた凹凸を描いていた。
「……菜…」
 二本の太腿がスカートの上に凸を作っていた。
「……月…さ」不自然なほど豊満な胸丘が、弓なりになる体表面で小刻みな揺れを繰り返していた。うわごとのように呟くさくらには、いつもの面持ちは無く、一滴の涙が散漫な動きでまぶたを伝い、崩れ落ちるように頬を落ちていく。
 冷える身体に涙は驚くほど熱をおびえていた。
「ん…みん…な……」
 さくらの胃を駆け抜けた胃液がぱっと花のように空中を描き、続いた吐瀉物が血潮の上へと降り注ぐ。鈍い音が耳の裏側に轟かいた。はっとしたさくらへ向けて牙を剥いた感情の無い兵器の内側に、光が見えた。その光は四方を側面から中心へ向かって放たれた。細い砲身の中に現われた爆発するような光――
「……ごめ……んっ…なさ…………」
 光の渦に巻き込まれる寸暇、西堀さくらは言葉を捧げた。顔は死に直面した恐怖とは程遠く――意外なほどに安静としていた。やがて、モーター音だけの世界が戻ってきた。砲は格納され、水がどこからとも無くはじめ、そこに侵入したもの全てを排水溝へと押し流していく。
 終われば、あとを残すのは、黒ずんだ染みが何箇所に広がっているのみだった。





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