オクトパス・ポイズン


 調査書類を読みながら、ユウリは西日の刺し込む喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
「ユウリさん? こんにちは」
 不意にユウリは顔をあげた。黒いスラックスにレモン色のブラウス、ショートヘアのいでたちの女性は軽く会釈をした。
「どうも、久しぶりね」
 遠慮がちに頭を下げた。
「いいですか?」
 椅子を示す彼女にユウリが頷く。彼女は座りウェイトレスにコーヒーを注文した。仕事の――アルバイトの探偵――調査書をしまうと、無意識のうちに身体が緊張した。
「それから、変わりは無い?」
 彼女の名は城ヶ崎千里、都内の私立大に通う女子大生――元戦士、スーパー戦隊の一員として過去に活躍、ユウリよりも1003年先輩だが、年齢はユウリのほうがいくつか上で、実戦経験も同じ。彼女の祖母が身辺調査を依頼してきたことから知り合い、今にいたる。
「ええ、大丈夫です」
 身辺調査は今も続いている。もっとも張りこみなどは無くなり、簡単に近況をきき、それを報告するのが今の仕事内容。あまりに簡単すぎて引き受けるのも躊躇われたが、疑心暗鬼なおばあちゃんを安心させるためにと、千里本人に言われて続いている。実は結構な額の調査費も、半分を千里に預けている。
「そう、良かったわ」
 ウェイトレスがコーヒーを運んできて、伝票を置く。八月の終りといっても日差しはまだ高く、蝉の音が店内まで響いて来る。ユウリはこの街が好きになっていた。臭い空気、奇怪な食べ物、不調和なコーヒー……全てが自然体で、三十世紀社会の地域空調や数値化された味覚に適合した最上の食物などでは味わえないものがあふれていた。
「もうずっと、暑いわね」
「はい」千里の声はいくぶん緊張している。
 二人と今村みくの間に起こった事件を考えれば、わだかまりを理解するに容易い。ユウリだってもうあんな目には遭いたくないと思う。しかし、事実として時空や次元にはひずみがあり、それがどんなことを引き起こすかも解らない。しかも確率が一パーセントの出来事は、しばしば一パーセント以上の確率で発生している。
「そういえば、ひとつきいていいかしら? ネジレジアについてなんだけど――」
 千里は顔を上げ、目を見て頷いた。彼女の手が無意識にコーヒーの水面をスプーンでかき混ぜている。
「あのシボレナとあなたはどういう関係だったの? あれは一種の次元のひずみが生み出したものだったわけだったわけだけど……」
「どうしてそんなことを?」
「いえ、あのシボレナって敵、あなたのことを執拗に狙ってたから、ただなんとなくなんだけど」
「私――メガイエローとシボレナは」千里は遠くを見るような目で語り始めた。「ライバル同士でした。シボレナは卑怯で冷酷で残忍で、私を挑発するようにいつもけし掛けて来てました。それで、私も挑発に乗るんです。最後には勝つんですけど、なんか」
 急に不自然な形で言葉が途切れる。
「それで?」
「なんか、なんでこんなこと思うのかわからないんですけど、ネジレジアが滅んでから、シボレナが死んでから、私――いやなんでもないです。ただのライバルでした」
「そう」
 それから他愛も無い話をしたあと、ユウリは伝票を手に取るとレジに向かった。挨拶をする彼女を見ていて、なんとなしに家まで送ることにした。その後姿が少し気がかりだった。


「性欲とは違うんですけど、この前、私、すごく興奮したんです」
 千里は不意に口を開いた。ほどよい夕方の駅からの路地でユウリは相槌をうつ。
「なんていうのか、ネジレジアと戦ってたときって、すごく忙しかったんだけど、すごく充実してたんです。それで、シボレナと戦ってるときに、闘争本能、みたいなものに火がついて、熱中するように戦って、それが終わって、ぽかーんと抜けたような日が続いて、それでも、なんとか周りと釣り合いを取ってたんですけど、この前の戦いで、久しぶりにシボレナと……あれは一方的に負けてましたけど」
「解るわ、戦いが終わったあとの疲労感、みたいなものでしょう?」
「それとはちょっと違うんですけど……すいません、変な話して」
「いいのよ、気にしてないし。私もタイムピンクだから、少しは解るわ」
 千里の顔を見ると、頬が真っ赤に染まっていた。その横顔を見た瞬間、何かを感じたような気がした。千里の横顔がひどく寂しげだったのだ。ある種の戦争後遺症だろうか――ユウリは座学の一片を思い起こした。
 血を求めている。言葉が連想させるグロテスクなイメージとは多少異なるが、千里の心に抱いているものはそれだと思わせた。彼女の中に枯渇した欲望があって、久々の戦いがその内なる心を解き放った。
「本当にごめんなさい、聞き流してください」
 千里は足をとめた。こちらを向き、頭を下げた。彼女のワンルームマンションの前だった。ユウリは立ち止まり、手をあげかけて手を取った。
 かつての同僚を思い出させた。その捜査官は訳あって退職した後、勢いを失い廃人のような暮らしを続けながら、若くして死んだのだった。
 驚いた千里が目を見開いて、ユウリを見た。自然なステップで千里を自分の胸の中に収めると、強く抱きとめた。反射的には反抗しようとした千里が、次の段階には自ら顔をうずめるような動作を取り、腕を回してきた。
「いいのよ、解るから」
 ユウリが強く抱きとめると、千里の撫で肩が震えはじめ、流れた嗚咽と涙にユウリの胸はじっとりと濡れた。このこをなんとかしたい。ユウリは自然と目の前にいる元戦隊ヒロインに同情ともつかない感情を抱くことを意識した。

 千里の部屋は質素な部屋だが女性らしい色彩とセンスに満ちていた。その中にあって一眼レフカメラや三百ミリ望遠レンズ、その他の写真用品だけが不釣合いだったけれど、壁に掛かった子供の笑い顔がはっとさせるほどの優しさを演出していた。
 泣き続ける千里をシングルベッドの脇に座らせた。ユウリはパソコンデスクの椅子を引き出し、目の前に座った。重い前髪が顔に陰を作っていた。覗き込み、ユウリは笑みを浮かべた。
「どうすればいいと思う?」
 嗚咽が徐々に弱くなり、千里は顔を上げた。瞳が赤く腫れぼった輪郭を描いていた。意志の強い瞳がユウリのほうを見て、小さく頷いた。
「解りません……」
「シボレナと戦いたい?」小さくだが意思を持って頷いた。
 かといって、ロンダースとの戦いにでも参加させれば、情緒不安定な今の状況ではどうなるか解らない。舌を噛んだ。ユウリははっとした。彼女の「被虐願望」はユウリ自身の願望とも通じている……
「もう、大丈夫です」
 ぎこちなく微笑む千里を強くユウリは睨んだ。
 相手からも笑みが無くなり、その奥に何かを望むような目が宿った。その黒い瞳の奥底にユウリの顔が映っている。ユウリが千里の肩を掴み、流れるような動きで彼女の身体の上に乗りかかると、マットレスが深く沈んだ。
「大丈夫なんてことないじゃない」
 千里は戸惑いよりも先に頷き、ユウリは舌を出し、ブラウスの襟元に入れた。
「……ああぁ……」
 スラックスを自ら脱ごうとするのを制し、目を閉じて、じれったいほどゆっくりにおろしていった。舌を首元から這わせ、顎から顔を口に含んだ。上と下の歯で顎から首筋うなじまで弾くような感触の皮膚を入念に舐めていく。塩の味がした。涙と染み出た汗、濡れて大トロのような質感の唇を歯で刺激した。
「私のことをシボレナだと思ってみて。この前のことを思い出して、さつまいもみたいな色の小さいタコネジレたちが沢山、身体にまとわりついてるのよ。そいつらは千里ちゃんを刺激して、身体も心も刺激してるのよ」
「ユウリさん……」
「シボレナって呼んでみて」
「シボレナ……」
 その声はわずかばかりの憎しみを帯びている。ユウリは千里のクリーム色のシルクのパンティーをゆっくり引っ張った。
「そうよそれでいいのよ」
 弾力性あるパンティーを両手でずりおろす。太腿に引っかかったそれをそのままにして、足の付け根に人さし指を入れた。あずき大のしこりをつるつると転がした。
「ああ……はぁあぁ……」
「千里ちゃん…いえ、メガイエロー。いいのよ。戦隊ヒロインだから女戦士だからって、何も迷う必要なんて無いのよ」
 つるつると滑る恥丘を指先で遊ぶたびに、息が漏れる。内股を閉じようとするところへ親指を滑り込ませた。ユウリはドキドキした。その両側面を爪先で掴んだ。湿気を帯びていた。ずるっと引っ張ると、千里の手がユウリの身体を強く掴んだ。
「痛い……でも」
「いっていいわ」うなじに向かって囁きかけた。
「もっと……もっと、お願い」
「待て」冷たい声で言った。「メガイエロー、哀れね。哀れよ、こんな淫乱だったなんて」
 ユウリの残虐性はそう言いながら、指を引っ込めた。中指と人さし指を重ね合わせると、即座に中へと戻す。
「はああああぁぁぁん!」
「メガイエロー、もっと喘ぎなさい」
 湖岸を左右から爪でなぞる。往復させ、ぱくぱくと動く愛の湖を舌で操るように巧みに開き、隙をついて、既に濡れた膣道に2本を収め、すぐに入ったところで、引き戻した。ずるっと湖岸は元に戻ってしまう。
「あふうぅ……ひぃ!」
 乱れたヘアがベッドにこすりつけられ、シワを寄せた眉間と強く閉じた瞳、言葉以外を喘ぐために口がわずかばかり開き、唾液が口元でほんのわずかに糸を引いていく。
「ひはぁ……」
 湖岸から人さし指が音を立てて沈む。濡れて若干柔らかかった。ずずっと一気に潜り込むと、しっかり閉じた壺の奥は体温を保っており、大らかに息づいている。内部は暖かく、柔らかい。
「優しくして」
 涙ぐんだ声、ユウリは指でダンスを踊るように動かした。時折、肉や液体の奏でる淫猥なリズムが聞こえた。
 くちゅ……ちゅ…ちゅぶ……
「あはぁ……ぃゃぁ…ぅぅぁ…だ、だめ、だ、からぁ」
 首筋から耳元を通り、舌を眉間から鼻の頭、引っ込め、ユウリと千里の顔が重なり合った。一瞬目を開き、見つめあいかっと微笑む。ユウリはゆっくり顔を下ろしていく。二つの稚魚のような肌触りの唇が重なり合った。
「あああぁ……ああ……あああぁ……」
 ユウリは自由な手で反射的に自分の胸を弄っていた。熱かった。茶色のジャケットをもどかしく袖を脱ぐと、ピンク色のインナーの上に乳房が浮かび上がっており、弄り始めると、瞬く間に濡れて染みが出来た。
「ふは……」
「ああ……あああぁ…」
 津波のような声のたびに千里は短く痙攣した。閉じていた足が自然と開き、そのたびに指は大きくうねる。シーツを掴む手が汗ばんでいた。舌を伸ばし、せがむようにユウリに口付けを求めていた。
「感じちゃってるみたい」
 ユウリの笑みとともに口吻を交わした。指を抜き、濡れたままの手で千里を抱いた。つややかな髪と愛液が絡まりあい、濃密な動物の臭いを放っていた。ユウリは押し付けるようなキスの中で、言葉に出来ぬ思いに駆られた。
 タコネジレに身体を改造され、ペニスをつけられてしまった。それは敵を倒すとともに無くなったが、この異様な心の高まりはあの夜以来だった。竜也とのセックスでもそれはさっぱり納まらなかった。
 だが、何か、解る気がした。
「ううぁ……気持ちいいわよね、千里」
 笑っていた。千里の手がユウリの下着の上から彼女の身体に触れている。ユウリはされるがままにし、パンティーの間から指が入る。明確な色彩の音がした。ユウリは再度千里の湖に指を戻した。
「……ユウリさん」
「戦隊ヒロインだって、こんなことしちゃうわよ、そりゃあ」
 その言葉のあと、二人は冷えた額をつけた。瞼が目の前にある。心なしか瞳孔が散大して、心地よい調べが全身を包んだ。その一瞬遅れたあと、二人は力無くベッドの上に倒れこんだ。
「ああああぁ! いい!」
 ユウリは千里の頭を抱きしめた。千里はその整った顔をユウリの胸に押し当てた。薄紅色の乳房と白い胸丘があり、千里のピンクの唇がかすかに揺れながら、頂上に達すると、ぶつぶつとした突起に覆われた舌が乳房を包み込み、またたくまに屹立した。千里が口の奥から舌を伸ばすと、ユウリはグロスに彩られて淫猥に輝く自分の唇が本能のままに言葉をついたことを悟った。
「千里、あ、も、もうやめて」
 千里の手が胸をしたからぐいと包み込み、ユウリは仰け反った。優位性を保つことでなんとかしていた理性が真っ白になり、千里の白い身体が台風の雲のようにユウリの身体にのしかかっていた。ユウリはシーツに背中を寄せながら、ふつふつと湧き上がる自らの生殖器が狂喜を覚え濡れ、尿を流すように糸が切れてしまっているのが解った。
「もう……やめなさい!」
 千里の顔を見ると、その口元にサディストとしての空気が現われていた。さっきまではあんなに乱暴されることに喜んでいたのに、ユウリは戸惑いながら、自分が意外なほど無抵抗なことに戸惑いを覚えていた。
「ユウリさん……ユウリ、大人しくして」
 千里は胸からいじらしいほどゆっくりと、身体のラインに手を沿わして行くと、太腿をしっかり握り、そこから股間についた液体を指で拭うと、口に含んだ。
「いいこね……」
 矯正整った顔が恐ろしく見えた。ユウリは千里の腕の中で小さくなりながら、その口付けを受け入れた。熱をもってとろとろしたものが千里の口から流れ込んできて、受け止めた。それが自分の体液であることは、確かめるまでもなかった。
「私達、すごいえろかったみたいね」
「私達!? ユウリ、あなただけよ」
 千里は素っ気無く言うと、乳房を手の中で転がした。身体の中の戸惑いが解かれていくような自然の動作に、身体を委ねると、一気に力が抜けた。
「ねえ、ユウリ、どうして欲しい?」
「そうね……」ユウリは笑ってアイコンタクトをした。
 タコネジレ、ネジレジアの淫猥の血がユウリの体内を巡っていた。しかし彼女にはもうどうすることも出来なかったし、どうしようとも思わなかった。二人の女戦士は笑っていた。

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